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2012-02-22
近況
一月末、大阪ハーフに出場。
左ふくらはぎがけいれんして最後の2㌔くらいで大失速。
原因は、前日、普段通りに飲んでしまったことによる脱水症状と、後に判明。
翌週の紀州口熊野マラソン(読み方としては紀州・口熊野)。
ランナーズに書いてあった市民ランナー向けのアドバイスをほぼ実行して臨んだものの、
25㌔過ぎから大失速。
最後の方は、練習でも出ないようなキロ7分のペースを記録。
原因は実力に見合わないハイペースで前半、突っ込んでしまったことによるスタミナ切れ。
こうやって失敗レースを積み重ねて学んでいったと、
宗茂の本にも、瀬古利彦の本にも書いてあった。
江夏豊は成功だけに学んだのだと。
いいイメージを残しておくために。
どちらも説得力のある話だと思う。
凡人は、凡人だからこそ、
頭を使わなきゃ、記録は伸ばせない。
次のレースは3月11日。
日付に意味があるのか、ないのか。
答えは、知らない。
左ふくらはぎがけいれんして最後の2㌔くらいで大失速。
原因は、前日、普段通りに飲んでしまったことによる脱水症状と、後に判明。
翌週の紀州口熊野マラソン(読み方としては紀州・口熊野)。
ランナーズに書いてあった市民ランナー向けのアドバイスをほぼ実行して臨んだものの、
25㌔過ぎから大失速。
最後の方は、練習でも出ないようなキロ7分のペースを記録。
原因は実力に見合わないハイペースで前半、突っ込んでしまったことによるスタミナ切れ。
こうやって失敗レースを積み重ねて学んでいったと、
宗茂の本にも、瀬古利彦の本にも書いてあった。
江夏豊は成功だけに学んだのだと。
いいイメージを残しておくために。
どちらも説得力のある話だと思う。
凡人は、凡人だからこそ、
頭を使わなきゃ、記録は伸ばせない。
次のレースは3月11日。
日付に意味があるのか、ないのか。
答えは、知らない。
2011-12-18
マラソンからライヴまで
先週の日曜日は2回目の奈良マラソン。
2回目のフルマラソン。
今シーズンの目標にしてきたレースやけど、
ほぼ10月いっぱい、アキレス腱痛で走れない時期を過ごしたので、
できる範囲での完走に切り替えてレースに臨んだ。
西宮国際ハーフで、一端、へたれてから回復できる感覚をつかんでた。
レース前の週のトレーニングで、軽く走れるこつみたいなのもつかんでた。
コースの特徴から勝負は後半の33キロを過ぎてから、と踏んで、
それまでは体力を温存する走りを心がけて、時計も見ずに走り続けた。
キヨシローは今年もきてた。
「今年もありがとう」って声かけたら、
「待ってたよ〜」って。
試走はしてたけど、33キロ過ぎのアップダウンの続く山側の道は、やっぱり厳しかった。
「どこまで登りが続くねん」って何度もへこたれそうになったし、
血糖値が下がったのか頭に血が行かない感じで、視野がどんどん狭くなる。
それまでのカメラの撮影ポイントでは必ずポーズつけてたのに、
この辺からはそんな余裕もなくなる。
一番最後の、鴻池の競技場に続く坂道が、ほんまにしんどかった。
その手前くらいで友人に声かけられたらしいけど、全然、気が付いてなかった。
ゴールのアーチが見えても湧いてくる元気はなかった。
けど、これまでのレース慣れもあるのか、終わった後に足を引きずるようなことはなかった。
我ながら進化したもんや。
今年のタイムはネット・タイムで3時間32分59秒。
今年も「まぁそんなもんか」というくらいの達成感。
一回、「どりゃーっ、やりきったぞ〜〜〜!!!!」ってレースをしてみたいもんやね。
昨日の「風まかせ」でのライヴに向けた練習を始めたのは水曜日から。
夏以来のライヴやし最近、ピアノもほとんど弾いてない。
なんとなく今回は、オリジナルをやる気分にならなかったので、
カヴァーを中心に練習する。
「ナニワサリバンショー」を観てしまったので、キヨシローバージョンのイマジンを練習するんだけど、
以前、弾いてたアレンジが思い出せない。
ま、いいかと思って、やってみるけど、間奏やエンディングがどうもしまらない。
結局、当日の演奏にもそれは出てしまって、
たぶん、一番自信なさげに歌ってたんじゃないかと思う。
ただ、それ以外の曲は、どれも腹から声が出てた気がする。
今回はきちんとプロのPAにも入ってもらって、
演奏に集中できたのもありがたかった。
観に来てくれていた年上の毒舌の友人は、
「最近、マイクの性能えぇからな」と毒をはいたものの、
帰る間際には「あなたもちょっとずつよくなってるね」と、
お褒めの言葉をいただいた。
確かに今回は、ピアノで2,3回こけかけたのと、
あからさまに音程を外した自覚のある箇所があったのを除いて、
歌は歌い切れた感じがした。
一皮むけたんやったらえぇけど。
今回のライヴはエレーナも入れて3組。
最初は男女7人のコーラスグループ。
海外青年協力隊のOB、OGということで、
アフリカの歌が多かった。
自分たちの活動を踏まえたものがあるので、
きちんと伝わるものがある楽しい演奏だった。
2番目のエレーナに続いて最後に登場したのは。
エレーナより10歳ばかり年上の「大阪のおっさん」二人組。
見た目はちょっと胡散臭いねんけど、
亡くなった父親との思い出を歌ったオリジナルとか、
おっさんならではの味のある演奏を聴かせてもらえた。
エレーナは店においてあるちびアコーディオンで2曲くらいにこっそり参加。
勝手に飛び入りして申し訳なかったけど、
許していただける度量の大きさがありがたかった。
振り幅。
金曜の深夜から未明にかけては、
春日大社・おん祭りの遷幸の儀に参らせてもらう。
上弦の月の月明かりだけが照らす参道を若宮さんから神様が降りてくる。
震えのくるような神々しさ。
ここでは書き尽くせない。
翌朝は奈良県立美術館でグスタボ磯江の回顧展。
磯江が自らの制作態度について語っている言葉と、
俺が彼の作品から読み取ったことは違っていて、
でもそれが作品の素晴らしさを否定することとは違う。
そんなことを考えながら、いい余韻に浸っていた。
そうやって迎えたのが昨日のライヴ。
なにがしかの影響は受けてたのかな。
いいものが届けられたのだったらいいのだけれど。
2回目のフルマラソン。
今シーズンの目標にしてきたレースやけど、
ほぼ10月いっぱい、アキレス腱痛で走れない時期を過ごしたので、
できる範囲での完走に切り替えてレースに臨んだ。
西宮国際ハーフで、一端、へたれてから回復できる感覚をつかんでた。
レース前の週のトレーニングで、軽く走れるこつみたいなのもつかんでた。
コースの特徴から勝負は後半の33キロを過ぎてから、と踏んで、
それまでは体力を温存する走りを心がけて、時計も見ずに走り続けた。
キヨシローは今年もきてた。
「今年もありがとう」って声かけたら、
「待ってたよ〜」って。
試走はしてたけど、33キロ過ぎのアップダウンの続く山側の道は、やっぱり厳しかった。
「どこまで登りが続くねん」って何度もへこたれそうになったし、
血糖値が下がったのか頭に血が行かない感じで、視野がどんどん狭くなる。
それまでのカメラの撮影ポイントでは必ずポーズつけてたのに、
この辺からはそんな余裕もなくなる。
一番最後の、鴻池の競技場に続く坂道が、ほんまにしんどかった。
その手前くらいで友人に声かけられたらしいけど、全然、気が付いてなかった。
ゴールのアーチが見えても湧いてくる元気はなかった。
けど、これまでのレース慣れもあるのか、終わった後に足を引きずるようなことはなかった。
我ながら進化したもんや。
今年のタイムはネット・タイムで3時間32分59秒。
今年も「まぁそんなもんか」というくらいの達成感。
一回、「どりゃーっ、やりきったぞ〜〜〜!!!!」ってレースをしてみたいもんやね。
昨日の「風まかせ」でのライヴに向けた練習を始めたのは水曜日から。
夏以来のライヴやし最近、ピアノもほとんど弾いてない。
なんとなく今回は、オリジナルをやる気分にならなかったので、
カヴァーを中心に練習する。
「ナニワサリバンショー」を観てしまったので、キヨシローバージョンのイマジンを練習するんだけど、
以前、弾いてたアレンジが思い出せない。
ま、いいかと思って、やってみるけど、間奏やエンディングがどうもしまらない。
結局、当日の演奏にもそれは出てしまって、
たぶん、一番自信なさげに歌ってたんじゃないかと思う。
ただ、それ以外の曲は、どれも腹から声が出てた気がする。
今回はきちんとプロのPAにも入ってもらって、
演奏に集中できたのもありがたかった。
観に来てくれていた年上の毒舌の友人は、
「最近、マイクの性能えぇからな」と毒をはいたものの、
帰る間際には「あなたもちょっとずつよくなってるね」と、
お褒めの言葉をいただいた。
確かに今回は、ピアノで2,3回こけかけたのと、
あからさまに音程を外した自覚のある箇所があったのを除いて、
歌は歌い切れた感じがした。
一皮むけたんやったらえぇけど。
今回のライヴはエレーナも入れて3組。
最初は男女7人のコーラスグループ。
海外青年協力隊のOB、OGということで、
アフリカの歌が多かった。
自分たちの活動を踏まえたものがあるので、
きちんと伝わるものがある楽しい演奏だった。
2番目のエレーナに続いて最後に登場したのは。
エレーナより10歳ばかり年上の「大阪のおっさん」二人組。
見た目はちょっと胡散臭いねんけど、
亡くなった父親との思い出を歌ったオリジナルとか、
おっさんならではの味のある演奏を聴かせてもらえた。
エレーナは店においてあるちびアコーディオンで2曲くらいにこっそり参加。
勝手に飛び入りして申し訳なかったけど、
許していただける度量の大きさがありがたかった。
振り幅。
金曜の深夜から未明にかけては、
春日大社・おん祭りの遷幸の儀に参らせてもらう。
上弦の月の月明かりだけが照らす参道を若宮さんから神様が降りてくる。
震えのくるような神々しさ。
ここでは書き尽くせない。
翌朝は奈良県立美術館でグスタボ磯江の回顧展。
磯江が自らの制作態度について語っている言葉と、
俺が彼の作品から読み取ったことは違っていて、
でもそれが作品の素晴らしさを否定することとは違う。
そんなことを考えながら、いい余韻に浸っていた。
そうやって迎えたのが昨日のライヴ。
なにがしかの影響は受けてたのかな。
いいものが届けられたのだったらいいのだけれど。
2011-12-08
「またあしたね」
昨日だったか、近所の風呂屋からの帰りの夕暮れの公園を歩いてると、
自転車に乗った小学生の男の子が友達に向かって「またあしたね」と、
少し舌足らずの口調で呼びかけながら帰って行った。
「またあしたね」
いい言葉だな、と思った。
またある明日を疑うこともなく、
今日と明日がつながってることに疑いもなく、
同じ友との再会を疑うこともなく。
早めの日暮れで、濡れた髪は冷えていたけど、
俺の心は少し温かくなった。
子供たちのあしたを、
奪ってはならない。
自転車に乗った小学生の男の子が友達に向かって「またあしたね」と、
少し舌足らずの口調で呼びかけながら帰って行った。
「またあしたね」
いい言葉だな、と思った。
またある明日を疑うこともなく、
今日と明日がつながってることに疑いもなく、
同じ友との再会を疑うこともなく。
早めの日暮れで、濡れた髪は冷えていたけど、
俺の心は少し温かくなった。
子供たちのあしたを、
奪ってはならない。
2011-12-07
ある日の妄想
「○○さん(エレーナの別名)って、その歳で何でそんな速く走れるんですか?」
「急にこうなった訳ちゃうからな。
ちょっとずつ走る距離を増やしたり、
走り方の研究したりして、ここまできたんや。
君がギターや歌がうまいのと同じ。
師匠について、教えてもらいながら
毎日、楽器弾いてそこまでできるようになったんやろ?
それとおんなじや」
大阪城公園を走ってたときの、頭の中での妄想の会話。
相手は最近、仲良くしてもらってる若手のミュージシャン。
で、気が付いた。
どうして俺はこと、音楽になると自分の直感だけを、信じるんやろう?
走るのと同じで、音楽にも基本があるはずで、
つまり物理的に音階は決まっていて、
楽器には決まった形があるわけだし、
声帯だって物理的な存在であって、
俺の体という具体的なものを通じてしか声は出ていかない訳や。
だったら、走る時に体の構造を考えて、
ある部分を鍛えたり体の動かし方を学ぶように、
楽器の弾き方だって、歌い方だって、
学ぶべきものがあるんでないか、と。
ただ、走り方をいくら学んでも、
俺の固有の体が持つ癖(リクオ流に言うと“なまり”)で、
俺独特の走りにしかならないように、
音楽だってそうではないのか、と。
思えば今につながる音楽活動を始めたときに、
相方が音楽理論に詳しいやつだったことへの反発が、
一番大きいような気がする。
いまだに楽譜読むのは嫌いやし、
小学生のうちに楽典なんか習ったのが、いかんかったんかも知れん。
ルールや規則があったって、人間はそれをはみ出してしまうものや。
ただしルールが極端に少ない音楽は取っつきにくいように、
そこそこのルール/規則がある中で遊びがあるのがいいのかも知れない。
何年か前に、京都で唯一、尊敬できる先生と話していたときに、
クラシック好きのその先生は
「クラシックは同じことを繰り返すのを恥と思う音楽なんですよ」
というようなことをおっしゃってた。
同じ主題でも少しずつ形を変えていくのがクラシックだと。
俺は逆に生意気にも、
その繰り返しが気持ちいいのがロックとかダンスミュージックじゃないのかと思ってた。
恐れ多くて口には出せなかったけど。
話が脱線気味になってきた。
そういうことで、今週末のレースが終わったら、
少し音楽の方に戻ってみようかな。
新しい曲も2年くらい書いてないことやし。
先述の若手くんが新しい音源を出す来年の春ごろに、
俺もはじめての音源作ってみてもいいかな、と。
走る方も、アキレス腱痛のブランクを乗り越えて、
いろいろ気付いたこともあって、
新しいフェーズには入ってるんやけどね。
「急にこうなった訳ちゃうからな。
ちょっとずつ走る距離を増やしたり、
走り方の研究したりして、ここまできたんや。
君がギターや歌がうまいのと同じ。
師匠について、教えてもらいながら
毎日、楽器弾いてそこまでできるようになったんやろ?
それとおんなじや」
大阪城公園を走ってたときの、頭の中での妄想の会話。
相手は最近、仲良くしてもらってる若手のミュージシャン。
で、気が付いた。
どうして俺はこと、音楽になると自分の直感だけを、信じるんやろう?
走るのと同じで、音楽にも基本があるはずで、
つまり物理的に音階は決まっていて、
楽器には決まった形があるわけだし、
声帯だって物理的な存在であって、
俺の体という具体的なものを通じてしか声は出ていかない訳や。
だったら、走る時に体の構造を考えて、
ある部分を鍛えたり体の動かし方を学ぶように、
楽器の弾き方だって、歌い方だって、
学ぶべきものがあるんでないか、と。
ただ、走り方をいくら学んでも、
俺の固有の体が持つ癖(リクオ流に言うと“なまり”)で、
俺独特の走りにしかならないように、
音楽だってそうではないのか、と。
思えば今につながる音楽活動を始めたときに、
相方が音楽理論に詳しいやつだったことへの反発が、
一番大きいような気がする。
いまだに楽譜読むのは嫌いやし、
小学生のうちに楽典なんか習ったのが、いかんかったんかも知れん。
ルールや規則があったって、人間はそれをはみ出してしまうものや。
ただしルールが極端に少ない音楽は取っつきにくいように、
そこそこのルール/規則がある中で遊びがあるのがいいのかも知れない。
何年か前に、京都で唯一、尊敬できる先生と話していたときに、
クラシック好きのその先生は
「クラシックは同じことを繰り返すのを恥と思う音楽なんですよ」
というようなことをおっしゃってた。
同じ主題でも少しずつ形を変えていくのがクラシックだと。
俺は逆に生意気にも、
その繰り返しが気持ちいいのがロックとかダンスミュージックじゃないのかと思ってた。
恐れ多くて口には出せなかったけど。
話が脱線気味になってきた。
そういうことで、今週末のレースが終わったら、
少し音楽の方に戻ってみようかな。
新しい曲も2年くらい書いてないことやし。
先述の若手くんが新しい音源を出す来年の春ごろに、
俺もはじめての音源作ってみてもいいかな、と。
走る方も、アキレス腱痛のブランクを乗り越えて、
いろいろ気付いたこともあって、
新しいフェーズには入ってるんやけどね。
2011-10-12
Blues
仲のよいミュージシャンに「最近、ブルースが足りへんねん」ってメールした。
そいつからは「僕もですわ」って返ってきた。
しばらくしたら向こうからブルースがやってきた。
俺の思ってなかった形で。
ある人はそれを浮き世と呼び、
ある人はそれを演歌にし、
そして俺はそれをブルースと呼ぶ。
不条理で、愛おしくて、涙が出るもの。
俺が生きてる間は、
俺は俺のブルースを奏で続ける。
調子っぱずれでも、何でも。
そいつからは「僕もですわ」って返ってきた。
しばらくしたら向こうからブルースがやってきた。
俺の思ってなかった形で。
ある人はそれを浮き世と呼び、
ある人はそれを演歌にし、
そして俺はそれをブルースと呼ぶ。
不条理で、愛おしくて、涙が出るもの。
俺が生きてる間は、
俺は俺のブルースを奏で続ける。
調子っぱずれでも、何でも。



